大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 平成9年(ワ)698号 判決

原告

村田千恵子

右訴訟代理人弁護士

横光幸雄

被告

アート信販こと

唐川正利

主文

一  被告は原告に対し、金七三万二四三六円及びこれに対する平成九年七月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行できる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は原告に対し、金九八万二四三六円及びこれに対する平成九年七月三日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本事案は、原告が被告(貸金業者)に対し、原告の被告に対する貸付金の返済は原告の任意によるものではなく貸金業の規制等に関する法律は適用されないとして利息制限法所定の利率の利息を超える支払分について不当利得返還請求をし、また被告の貸付方法及び取立方法が違法であってこれにより原告に苦痛を与えたとして不法行為に基づく損害賠償請求をするものである。

一  (争いのない事実等)

1  被告は原告に対し、平成五年八月一八日、金一二〇万円を貸し渡し(以下「本件貸付金」という。)、平成七年四月一七日には金一〇〇万円を貸し渡した。

2  被告は右平成五年当時アート信販の名称で個人で貸金業を営んでいたが、平成七年九月一六日、貸金業の登録期間が満了した。

3  原告は被告に対し、本件貸付金の返済として、別紙支払表の支払金欄記載の金員を支払った。

4  被告は被告が通帳を所持していた原告の預金口座に振り込まれた原告の年金を引き下ろして右返済にあてた。

二  (争点)

1  原告の被告に対する本件貸付金の利息制限法所定の利率を超える利率による利息の弁済が、原告の任意になされたものといえるか。

原告は、右弁済は被告が本件貸付に際し、原告の受給していた障害基礎年金の年金証書、預金通帳、銀行印、キャッシュカードを原告から徴求したうえ、預金口座に振り込まれた年金を被告において引き下ろして本件貸付金の返済に充てたものであり、原告が任意に支払った弁済とみなすことはできず、貸金業の規制等に関する法律四三条の適用はない。したがって、右弁済のうち利息制限法所定の利率を超える部分の利息の弁済は元金に充当されることとなり、平成七年四月一七日の貸付金を加えてもなお別紙支払表残元金欄の平成八年一二月一三日欄記載のとおり、原告は二三万二四三六円の過払いとなり、被告は右金員を不当に利得している、と主張する。

被告はこれに対し、被告は原告に本件貸付金を平成五年九月一五日に一括返済するということで貸し渡したのであるが、右弁済日に、原告が、返済できないので年金より支払いさせてほしいと頼み、本人の希望により毎回ほとんど利息だけの入金をし、原告は毎回入金されているかと残高を確認しに来店し、このように原告は年金証書を持参して融資をしてほしいとの強い意思表示をしたのであり、被告から要求したわけではない、と主張する。

2  被告に原告に対する違法な貸付行為及び取立行為による不法行為があるか。原告は左記の四点を被告の不法行為として主張し、被告のかかる行動により恐怖心にかられた原告は、この間自宅に寝泊まりすることができず、サウナや知人宅での宿泊を余儀なくされ、肉体的にも精神的にも筆舌に尽くしがたい苦痛を被った、と主張する。

① 被告は右1のとおり年金証書、銀行通帳、銀行印、キャッシュカード等原告の社会生活上必要な書類を徴収して金員を貸し付けた。

② 被告は貸金業の登録期間が平成七年九月一六日で満了しているにもかかわらず同日以降もかかる事実を秘匿して原告から貸金業の規制等に関する法律に基づく年40.004パーセントの割合による利息を徴収した。

③ 被告は原告が本件の解決を弁護士に依頼したことを平成九年二月二四日ころには知り又は知り得たにもかかわらず、同日以降、同年三月一四日ころまでの間、原告の自宅を再三訪問し、職場に架電する等、原告に対し直接支払いを請求した。

④ 被告は平成九年二月二四日ころから同年三月一四日ころまでの間、再三深夜まで原告方を訪問し、原告が不在のときには株式会社アート信販小倉店長の肩書の記載がある被告の名刺を六、七枚ドアにはさみ、若しくはドアに張り付け、同時に原告の自宅周辺に車を待機させて張り込みを続けた。

被告は右①については前記1記載の主張をし、②については、登録有効期限満了後年利40.004パーセントの利息が請求できるのか貸金業協会に確認したのであり問題がない、と主張し、③、④については、原告は年金から本件貸付金を支払っていくと約束したにもかかわらず口座を変更し、支払いをしないので、株式会社アート信販(被告の現在の勤務先)の社員である高比良に名刺をはさんでくるよう頼み、高比良が原告と会って原告が二月一五日の昼までに被告に連絡すると言ったが、連絡がなかったので、被告が同日二回訪問し、留守のため名刺を二、三枚はさんで帰り、同日夜原告から被告に支払う気持ちはあるが支払方法について相談にのってほしいと連絡が入り、二月二〇日の三時に来店すると約束したが、連絡がなく、同日夜訪問したが留守のため名刺を二枚はさんで帰り、その日以来訪問はしていない。したがって、二月二四日以降原告方を訪問、電話はしていないし、その他の原告主張の事実は否認する、と述べる。

第三  争点に対する判断

一  原告の利息の弁済の任意性について

1  甲九の一の一ないし一一、甲九の二の一ないし一〇、甲一〇、一七、乙五の一ないし一一、乙六の一ないし一〇、原告本人、被告本人(後記採用しない部分は除く。)によると、以下の事実が認められる。

原告は被告に対し、平成五年八月に融資を申込んだところ、被告から支払いの担保について尋ねられた。原告は貸金業者のコスモ信販に対して年金を担保に借入をしていたのでそれを被告に話すと、被告から右借入残金約二三万円を被告からの借入金で弁済してコスモ信販から年金証書、通帳、キャッシュカード、印鑑(以下「年金証書等」という。)を取り返して被告への担保に入れるならば、年金の一年半分の一二〇万円の融資が可能であるのでそのようにするよう指示され、了承した。同年八月一八日に、被告が車で小倉駅前まで来て、原告にコスモ信販に返済する分の現金を渡したので、原告はこれを持って同社に返済して年金証書等を取り戻し、これらを車の中で被告に渡した。そして、被告と、原告及び原告の保証人となる原告の三男宮路徹はそれぞれ車で黒崎の被告の店まで行き、そこで金一二〇万円の借用証に署名し、残額の約九七万円を受領した。原告は右借用証その他本件貸付金の内容について記載され、貸金業の規制等に関する法律一七条一項所定の契約書面となる要件を満たす書面は受領していない。その後被告は二か月に一度右原告の通帳に振り込まれる原告の年金を引き出し、原告から特に生活上必要があるとして懇請された場合にはその一部を原告に渡してその残額を、そうでない場合はその全額を本件貸付金の返済に充当し、被告に利息ないし損害金利率40.004パーセントで計算した入金伝票を作成し、渡していたことが認められる。

被告の本人尋問において、右認定事実とは異なり、原告が来店した際に、原告の方から年金証書等を持ってきて見せてこれで貸してほしい旨述べ、被告は気が進まなかったが仕方なく預かったのであり、年金証書等を担保にとったのではない、また本件貸付金の弁済方法は平成五年九月一五日に一括返済するものであったが、原告がその日に一括返済できなかったので年金から降ろして払っていくことになった旨供述する部分がある。しかし、被告は原告からの質問に答えて、コスモ信販に本件貸付金の一部である現金を持っていって同社から年金証書等を取り返して車の中で原告がこれらを被告に渡したことは認めている。そして、被告は金融業者であって金銭消費貸借については専門家であること、被告が本件貸付金の一部をコスモ信販への返済に充てて年金証書等を取り返すよう指示して実際に現金を渡すことがなければ原告としては年金証書等を取り返すことはできなかったであろうこととを併せ考えると、原告からの申出によるというよりも、被告が右年金証書等を受け取ることについて積極的に行動し、被告の指示によって原告も右のとおりコスモ信販から年金証書等を取り戻して被告に渡したものと認めることができる。

また、被告が年金証書等を預かり、その後原告の年金を本件貸付金の返済に充てた行為は、年金証書等を本件貸付金の支払いを確保するための担保として徴収したものと認めるのが相当である。

2  被告は、年金証書等を被告が預かったのは原告の強い意思によるものであって、年金を被告が引き出して弁済に充当する行為も原告の任意による弁済である旨主張しているものと思われる。しかし、貸金業の規制等に関する法律四三条一項にいう債務者が任意に支払ったこととは、利息制限法一条一項及び四条の制限額を超える利息又は賠償金の支払いを、有効な利息又は賠償金債務の弁済とみなすための要件の一つであって、債務者が利息の契約に基づく利息又は賠償額の予定に基づく賠償金の支払いに充当されることを認識した上、自己の自由な意思によってこれらを支払ったことをいうべきものである(最判平成二年一月二二日民集四四巻一号三三二頁)。

前記1の認定事実を踏まえると、原告は被告に年金証書等を預けた以後は、年金を自由に受領できず、被告がこれを自由に受領し、そのうちどれだけの金額を本件貸付金の元金、利息等のいずれに充当するかも被告が自由に行っていたものと認められるのであって、本件貸付金の利息及び損害金の弁済を、原告が任意に行っていたものとは認められない。

3  したがって、原告の被告に対する本件貸付金の返済については、貸金業の規制等に関する法律四三条一項及び三項は適用されず、原告の支払った弁済額は、利息制限法による規制の限度で利息及び損害金に充当され、その余は元金に充当されることとなる。

また、被告は本件貸付金の弁済期は平成五年九月一五日であると主張し、被告本人はこれに沿う供述をするが、前記のとおり本件貸付金については契約書面も作成されていないこと、入金伝票(甲九の一の一ないし一一、乙五の一ないし一一)においても、毎回「次回支払日」として弁済のあった日の約二か月後の日が記載されていて、あたかも二か月に一回の分割払いであるかのような体裁をしていること、また前記認定のとおり本件貸付金については当初から年金による弁済が考えられていたこととを併せ考えると、被告の主張は認められない。

そうすると、別紙支払表記載のとおり、原告の支払った額のうち利息制限法所定の利率年一五パーセントの限度で利息に充当されその余は元金に充当されることとなる(なお、平成七年四月一七日の貸付金の弁済の任意性についても、本件貸付金について右に述べたことが妥当する。)結果、現在原告は被告に対し、原告主張の金二三万二四三六円を過払いしている計算となり、被告はこれを法律上の原因なく利得していることになるので、原告に不当利得として返還すべきものである。

二  被告の不法行為について

1  原告主張の被告の不法行為のうち、①は前記一の1認定のとおり認められる。

②については、乙三によると被告の貸金業登録期間が平成七年九月一六日で満了していることが、乙六の三ないし一〇によると被告が右期間満了後も年40.004パーセントの利率で計算した利息を徴収していることが、原告被告各本人によると右登録期間の満了を被告は原告に告げなかったことが認められる。

③については、甲六の一、二、甲一〇、一七、原告本人によると、被告は原告が原告訴訟代理人に本件貸付金についての紛争の解決を依頼したことを平成九年二月二四日には知りうる状態になったこと、それにもかかわらず、同日以降被告自身又は被告が依頼した同僚の高比良が被告の代りに、二月二四日から二九日までは毎日原告宅を訪問し、三月一〇日には架電し、三月一一日には再び訪問してきて、特に二月二五日には一晩中原告宅近くにとめた自動車の中で待っていたことが認められる。被告本人はこれに反する供述をするが、右認定事実にかかる原告本人の供述は具体的で信用できるので、これに反する被告本人の供述部分は採用しない。

④については、右③について認定したとおり、被告又は高比良が原告宅を二月二四日から二九日まで毎日訪問し、三月一一日には再び訪問し、二月二五日には一晩中原告宅近くにとめた自動車の中で待っていたことが認められ、また、甲一の一ないし九、甲二の一ないし六、甲三の一ないし四、甲四の一、二、甲五、一〇、一七、原告被告各本人によると、被告又は高比良は、平成九年二月二四日から二九日ころまでの間、原告方を訪問して原告が不在のときには株式会社アート信販の名刺又は同社小倉店長被告との肩書の記載がある名刺で裏面に連絡を要請する文言を記載したものを六、七枚ドアにはさんだりドアに張り付けたりしたことが認められる。

2  以上認定される被告の行為を総合し、その違法性について検討する。

まず、被告は原告から生活に必要な年金証書等を徴求して本件貸付を行ったものであるが、貸金業の規制等に関する法律の規制の趣旨が、貸金業者に対する登録、規制等によりその業務の適正な運営を確保し、借り主の利益の保護を図ること等を目的とすること(同法一条)にあることに鑑みると、右法を受けて制定された「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」と題する大蔵省銀行局長通達の「第二 業務」中の「四 取引関係の正常化」の(2)のロの(ホ)で契約締結にあたり年金受給証等の債務者の社会生活上必要な証明書等を徴求することが禁止されていること(甲一二)にも現われているとおり、かかる態様の貸付行為は、借り主の生活を困難ならしめる危険性があり、その利益を著しく害するものであって、貸金業者の適正な貸付業務とは認められないというべきである。

その上、右法により貸金業者は登録制がとられ(同法三条)、登録されている業者について一定の要件が満たされたときに限って利息制限法の規制を超える利率の利息や損害金の弁済を有効に受けることができる(同法四三条。なお、同四四条により登録期間満了後も登録期間中に貸し付けた金員について弁済を受ける限度で貸金業者とみなされる。)にも関わらず、被告は原告の通帳に振り込まれた年金を引き出して本件貸付金の弁済にあてているが、これが右要件をみたしたものとはいいえないことは前記一の1、2で認定したとおりである。

さらに、被告は、前記認定のとおり、原告が年金の振込口座を変更して被告から本件貸付金の弁済に充てられないようにすると、原告が本件の解決を原告代理人弁護士に依頼してその旨通知したにも関わらず、高比良の助力も得て原告宅を繰り返し訪問し、不在の場合は多数の名刺をドアにはさむ等して連絡を要請し、時には一晩中原告宅のそばで原告の帰宅を待って原告との接触を持って本件貸付金の弁済を要求しようとした。そして、甲一〇、一四、一五、一六の一、二、甲一七、乙七の一、二、原告本人によると、従前の経緯として、原告は平成八年一二月に被告の勧めで死亡保険金受取人を被告勤務先社長大山昌徳にして普通養老保険に加入させられていたため被告らから殺されるのではないかとの恐怖心を抱いていたこと、平成六年に原告が弁護士に依頼して年金の振込口座も変更したときに被告は新しい口座の通帳や印鑑、キャッシュカードを渡すよう強く要求して結局原告はその要求に屈したことがあり、今回平成九年一月ころ原告が年金振込口座を再び変更していたため同様に厳しい要求が続いていたことも認められる。右経緯から、原告は前記被告らの訪問等を非常に恐ろしく感じて自宅に帰らずに、簡易宿泊施設のあるバーデンハウスに泊まったり大阪在住の息子宅へ行ったりしたことが認められる。

したがって、被告の前記各行為は利息制限法や貸金業の規制等に関する法律に違反する貸付、回収行為及び高齢の女性で一人暮らしをしている原告(原告本人)にとって、従前の経緯に照らし、被告らから危害を加えられたり無理矢理年金振込口座の通帳等を交付させられたりする危険性及び恐怖感を感じるのに十分な程度の強引で執拗な取立行為であって、原告に肉体的、精神的苦痛を与える程度の違法な行為であると認めるに足りる。

3 右のとおり、被告の各行為は一体として原告に対する不法行為として評価しうる。そして、これによって原告が感じた苦痛に対する慰謝を金銭により評価すると、金五〇万円をもって相当と考える。

三  よって、原告の請求は、被告に対し不当利得返還請求権に基づき金二三万二四三六円及び不法行為による損害賠償請求権に基づき金五〇万円並びにこれらに対する訴状送達日の翌日(平成九年七月三日)から年五分の割合による遅延損害金を請求する限度で理由がある。

(裁判官櫻井佐英)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例